鬼の火まねく赤子の声
 沖を白峰が覗き込む。沖はそれを目玉の下側で見た。左手を振りかざすと、まるでどこかへ行けとでも言うような格好になる。沖は自分が呆けているのだと、なかなか気づけなかった。気づいたのは、白峰の顔が半分傾いた時だ。
噛まれる。そう思った。牙が見えた気がした。頭に蝋燭こそなかったが、鬼の顔をして化け物の仕草をして、白峰は喉にかぶりついてきた。手首はくたくたと曲がって、幽霊と同じ格好だった。
「食われるん?」
 そう聞こえたと思うと、白峰は川の中に戻っていた。さっきの格好のまま、子供達がまとわりついていて、つまらなそうな顔をしている。
「阿呆やね」
 この呆けは、沖は、子供から見ても阿呆なのか。
「どうしようもないね」
 白峰が川から上がってきた。濡れた足を、気持ちが悪いと言ってなでる白峰は、沖のさっき見た顔と違った。朝、腕の中で甘えていた顔とも違った。黒く長いまつげが美しい。朝日が変わるとその色も変わってしまいそうな乙女の顔だ。
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