クロス
綾子と別れて、一人電車に乗ったあたしは、自分の胸の前辺りで、両手を交互にかざして、みとれていた。
ネイルサロンを出てから、この動作は何度目になるだろうか。あたしは、ネイルをする事がこんな風にスゴい事だなんて知らずにいたのだ。

爪に、蝶が舞っている。
ぴかぴかした宝石っぽいものもいくつかついていて(スワロフスキー、というらしい)、輝いている。
紫をベースにした色合いも、あたしの好きな色なので、非常にうれしい。

こんな小さな爪達に、出来上がったひとつの世界。

中学から美大の付属に通って、専門的な絵の知識や技術を勉強しているあたしでさえ、感動するほどの出来映えだった。
こんな小さなものに、あたしならまともな絵なんて描けやしないし、ましてや、爪は平面でさえないのだ(もっとも、成績は下から数えたほうが時間の無駄にはならないけれど)。

この日が、あたしの人生の分岐点になった。

うちの近くのTUTAYAで、いくつものネイルの雑誌を穴が開くほど読んだ後、気にいった一冊を買って、家でまた穴が開くほど読んだ。

その雑誌は、今でも大切にとってある。

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