有料散歩
「じゃあね、元気でね。」
「幸せにしてもらえよ。」
「…なるよ、自分で幸せに。」
「そっか。」
「夏も今日からでしょ。…男の子との暮らし。」
「うん。」
「夏も一緒に…気づけるといいね。」
「なにを。」
「幸せのかたち。生きる希望。」
「…なんだよ、それ。」
「手を伸ばしてつかみ取らないと気づけない気持ちもあるんだよ。」
屈託のない、可愛い笑顔で彼女が笑った。
「どうせ。俺は明子に手を伸ばさなかったしな。」
「そういうことじゃなくって。」
困ったように首を振る。
「夏は誠実な人だけど、もっとちゃんと興味を持って。そうすれば上手く立ち行かない時もでてくるけど、乗り越えた先にあるんだよ、幸せ。」
「ふぅん、そういうもんかな。」
夏はにんまりと笑う。
「ふふっ。あいかわらず…。」
「なに。」
「下手な笑顔。」
見慣れない服を着た彼女が去っていく。あの日の思い出の粒のような、淡い色のワンピースだ。
切なさがフラッシュバックする。何事も深く関わろうとすれば、深い感情に翻弄されてしまう。そのつど、泣いたり怒ったり喜んだりしなければならない。
思い出の粒を飲み込むたびに。
関心を持っていないのではなく、達観しているのだ。あの空間と生きる夏にとって自己防衛なのだ。
彼女には打ち明けないまま、別れの時が来てしまった。
チクンと小さな針が刺さった胸を押さえながら、少年と向き合ってみようと夏は心に決めた。