トリップ

普段仕事に関してこんな感情を覚えたことはなかったので、不思議だった。自分が殺されるという恐怖ではなく、他人が殺されるという恐怖。

そのせいか、相手が飛ばしてきたナイフに気づくのが遅くなり、危うく当たる所だった。
相手が攻撃してこれば自分にとっては戦闘開始の合図。大人2人くらいなら相手するのはギリギリ出来る。

太った男の事を甘く見ていたらしい。思ったより相手の動きは早かった。拳銃を出してくる事を想定し、胸のホルスターから目を離さず、相手する。
サラリーマン風の男は、すれ違いで自分が刺されるのを恐れたのか、俺をゆっくり倒す気なのか、戦わずにこちらを見ている。

銃を出してこれば狙いを定めているうちに仕留められるのに、と悪態をつきたくなった。ナイフと銃だけに気を配っていたせいか、左から襲ってくる拳まで目が届かなかったようだ。

ドスッ、と鈍い音がする。

腹に鈍痛が走るが、前のめりにならないように力を入れた。よく見てみると、相手の拳が俺の鳩尾部分を直撃している。

その間にも、相手のナイフが左頬を浅く切り裂く。前のめりになると思っていたのだろうか、距離がなかった。

もう拳など構う事をやめた。

鉄拳が飛んできても体で受け止めればいい。少なくとも、ナイフが心臓に沈むよりははるかにマシだ。

いつもならここまで苦戦しない。

動いていても途中何度かめまいがし、ふらりとする。何の異変か考えている暇も無かった。







< 301 / 418 >

この作品をシェア

pagetop