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「だって、桜が泣いていたから。

 心配して……」


「泣いてなんかないわよ!」


 僕の言葉に噛みつくように即答して、桜は、寝袋から顔を出した。

 その、とても怒っている表情に、僕の声は自然と、しどろもどろになった。


「で、でも、泣き声が聞こえたし、カラダが震えてたよ?」


「泣き声? 風の音を聞き間違えたんじゃないの?

 それに、震えてたのは……寒かったからよ!」


 ……相当に、意地を張っているみたいだ。

 そんな桜を、放っておけなくて、僕は、彼女に提案する。


「じゃあ、そんなに寒いなら、僕と一緒に寝ない?

 昼間みたいに抱きしめあったら、とても暖かく眠れると思うけど?」


 腕の中にヒトがいるって……

 肌と肌が触れあうと、とても安心することを思い出して言ったのに。

 桜は、なぜか、猛烈に怒り出した。


「何、それ!

 下心見え見え!

 だから、わたし!

 そんな、簡単に男と寝る女じゃないのよ!

 変なことを考えてたら、本当に……!」


 本当に、殴る勢いで、拳骨を握る桜に、僕は一歩あとずさった。


「ち、ちょっと待て!

 でも、僕を暖めるのに、素肌を使ってくれたじゃないか!

 山岳警備隊って所では、遭難者を暖めるのに、普通にやってることじゃないの!?」

「莫迦ね!

 そんなことあるわけ無いじゃない!

 普通は、もちろん湯たんぽや、毛布を使って暖めるに決まって……!」

 と、そこまで言って、桜は、声を落とした。


「本当に、何やってるんだろ。

 莫迦ね、わたし」


 言って、今にも泣き出しそうになった桜に、僕は、慌てて手を振った。


「別に僕は、あんたが嫌だと思うことを、やりたいわけじゃない……!」


 そう。

 寒いなら、暖めてあげたかった。

 物理的に寒いなら、カラダは、もちろん。

 そして、泣いてしまうほど、凍ってしまったらしい、ココロも。

 でないと。

 僕にはじめて、切なく芽生えたココロの疼きが。

 治まらないような気がしたから。



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