69
 機嫌良く返す僕に抱きついて、桜が、聞いた。


「ねぇ。吹雪が止んで……この山を降りても……また、会えるよね?

 毎日は無理でも。

 お休みの日は、こうやって。

 ……どっちかの家のベッドの上で、過ごせるよね?」


「そうだね」


 この山を降りたなら、多分。



 ……僕は、二度と桜と会うことは無いだろう。

 僕には、彼女が思い描ている、家も部屋もないし。

 好きに研究所の外に出かける権利も、自由もない。

 それに、もしかしたら。

 勝手に逃げ出した罪で、先に待っているのは……死。

 全機能停止や、下手をすると、解体処分かもしれなかった。

 そんな事実が悲しくて。

 僕は、生まれて二度目のウソをつく。


「休みの日になったら。

 美味いお菓子と花束を持って、桜の家に遊びに行くよ」


「花束! わたしのガラじゃないわねぇ。

 でも、お菓子は、良いかも」


 僕の言葉に、桜は楽しそうに笑う。


「今なら、チョコケーキが、丸ごと一ホール食べられそう」


 食事のまともにとれない桜は、日に日に弱り、痩せてゆく。

 僕には、靴が無く。

 裸足で雪山を歩き続けるのは、さすがに無理なことを考えると。

 桜が助かるには、救助隊を待つか、自力で下山するしか方法が無い。

 だけども。

 自ら、命を絶つつもりで、誰にも行き先を告げずに、この深い山の真ん中まで来た桜には。

 彼女が生きているうちに、救助隊が探しに来るとは、思えなかった。

 人間の居る場所まで、桜は、自分の足で帰れるのだろか……

 僕に搭載された、GPSは桜が歩かなくてはいけない距離を計測し。

 摂取カロリーと消費カロリーのバランスを考えると。

 自力で下山出来る限界点が、冷酷にも思えるほど正確に弾き出される。

 その日は。


「明日……か」


 思わず、つぶやいた僕に。

 何も知らない桜が、いっそ無邪気に聞き返した。


「明日がなあに?」


「いや、明日こそは、吹雪が止むといいなぁ……って」


 でないと、桜が生きて山を降りられない。




 
< 34 / 49 >

この作品をシェア

pagetop