69
 
 三年前に、最愛の男を山で無くして傷ついた桜の目の前に。

 ここで、更に僕の屍をさらすワケにはいかず。

 程よく離れた隠れ場所を探そうと、僕は、こっそり、小屋を出たんだ。

 雪の上を裸足でとぼとぼと歩けば。

 十歩、歩かないうちに足がかじかみ。

 思わず見上げた空が。

 驚くほど、キレイだったんだ。

 雪も、星も。

 世界はとても、美しい。

 生きてさえいれば、もっともっと、キレイな景色に出会えるかもしれなかった。

 それを見ずに、死ぬのは、もったいなかったけれど。

 もちろん、桜の命に、変えられるものなんて、何もない。

 僕が、拳をぎゅっと握って、歩き出そうとした時だった。

 小屋の扉が、ばたんと、大きく開いたかと思うと。

 久しぶりに、服を着て、登山靴を履き、下山の準備をした桜が、飛び出して来た。


「シン!

 あなた、裸足で一体、どこに行くつもり!?」


 青ざめた顔の桜に見つかって。

 僕は、クビをすくめて言った。


「実は、僕。

 桜が思った通り、雪の妖精でさ。

 吹雪が止んだし。

 降る雪を追って、仲間の場所まで帰ろうと思って」


「莫迦ね! 助けを呼びに行こうとしたんでしょう?」


 僕のついた三度目のウソは。

 桜にあっさり却下された。


「雪の中に裸足で立ったままだと、凍傷で、指を無くすわよ!

 わたしがこれから、助けを呼びに行くから。

 シンはおとなしく、待っていて!」


 あっ!

 倒れる……!?


 声は元気でも、かなり体力的に辛いらしい。

 扉から出たとたん。

 ふらり、と傾いた桜のカラダを、僕は慌てて支えに戻った。

「ダメだよ、桜!

 無理をしちゃ!」


「どっちが無理をしてんのよ!」


 細く、儚く、折れそうな桜が僕の腕の中で、強がった。

 絶対に、救助隊を連れて帰るから、と頑張る桜の唇を僕は少し、乱暴に奪う。


「……っ!

 今日の……今のキスは、苦いのね……」


 眉をしかめる桜に、僕は言った。


「……怒っているからね」

 
< 36 / 49 >

この作品をシェア

pagetop