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 ……本当は、弱っている桜には、使いたくなかったけど。

 隠密行動用に体内にセットされている眠り薬を、使ったんだ。

 そうでもしないと、桜は、無茶を承知で雪山に挑みそうで、怖かった。

 薬が効いて、動け無くなるまでの時間。

 桜が、どこかへ行かないように、僕は、しっかりと抱きしめた。


「放してよ! シン!

 天候が、回復した今すぐに出ないと、また吹雪で足止めに……」


「下に降りて行けるほど、体力が残って無いって、自分でも判ってるだろ?

 それでも、行くの!?

 まだ桜は、好きだったヤツの事が、忘れられずに。

 この山で、死ぬつもりなのか!?」


 僕の言葉に、桜は、キッと睨んだ。


「行くわよ!

 だって、この山は、わたしにとって、庭みたいなものだから。

 体力的にはキツくても、動いてみたら、何か、変わるかもしれないじゃない!」


「桜」


「わたしは……わたしは。

 あのひとの眠るこの山で……死ぬためにじゃなく。

 シン。

 あなたと生きるために……行くの……よ」


 桜のきらめくような強い意志は、僕の耳と心を打ち……

 僕は、泣きそうになった。



 ……僕は、桜を愛してる。

 心の底から、愛してる。


 桜の意志は、どんなに、強くても。

 眠り薬の力に勝てず。

 とろん、として来た瞳を確認して、僕は、ささやいた。


「桜は、僕のこと、好き?」


「……愛してるわよ」


「それじゃ、僕の名前をちゃんと、呼んでくれないかな?

 ……シン、じゃなく……」


「……シックス・ナインって?

 ふふふ……

 よっぽど、縮めて呼ばれるのが、イヤだった?

 ごめんね?

 シックス・ナイン……」


 言って、桜は、僕を抱きしめた。


「愛しているわ……シックス・ナイン。

 誰よりも、何よりも……

 だから……わたしと一緒に、山を降りよ……」



 ああ。


 桜。


 ……桜。


 僕の愛しい、ヒト。

 君の「愛してる」って。

 この言葉で僕は、死んで行ける。


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