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 そんな僕の脅しに。久谷は。

「お前ってヤツは……!」

 とつぶやいたきり、黙り。

 オリヱは、涙を振り払って、妖艶に笑った。


「シックス・ナインってば。

 しばらく見ないうちに……男前になったわね?」


「……大事な女(ヒト)を守るために……必死なだけ……だよ」


 僕の表情を見たのか。

 オリヱは、軽く頷いて、久谷を見た。


「あたしは、シックス・ナインのデータが、欲しいわ。

 ……いいでしょ? 真司」


「……けっ!」


 オリヱの言葉に、久谷は、吐き出すように、息をついたけれど。

 特に拒否をしない所を見れば了承したらしい。


「その件はあたしが責任を持つわ……安心して?」


「……そうか……良かった……」

 オリヱの言葉を聞いて、メモリーを預ければ。

 僕の張り詰めたモノが一気に抜けた。

 とたんに。

 僕自身の残り少ないカラダの、崩壊する速度が、一気に早まった。


「シックス・ナイン!」


 オリヱが悲鳴を上げた。


「シックス・ナイン !!」


 その、壊れてゆく速度に驚いたのか。

 まるで、思わず、と言うように僕の名前を呼ぶ、久谷の声も聞こえた。


 意識がある限り、僕を苛(さいな)む痛みは辛かったけれども。


 オリヱと、久谷に見守られ。

 何の心配もなく、死んで行けるのなら。

 これもまた。

 そんなに悪くはなかった。


 ただ一つ、あえて、心残りを挙げるなら……


「……桜」


 もう一度、この最後の間際に抱きしめたかった。


「……さく……ら」


 だけども。

 久谷と入れ替わると決めた時から、僕は、一人で死ぬことにしたから。

 この場に居ないのは、仕方がないこと。

 ……どんなに焦がれても仕方ないこと。

「さ……く……」


 ……君は、生きて。


 僕が意識を完全に手放す、寸前。


 涙で曇った僕の目に。


 映像資料で見た満開の桜の花びらが、散るように。


 雪が。


 ふわふわと、舞い落ちるのが、見えた。



 
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