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「ウソ……! なんて、こと!」

 とうとう叫んだ彼女に、僕は、ほほ笑んだ。

「カラダは、救難信号と引きかえに失われ。

 あなたと出会った時の、それ。ではないですが。僕の記憶は……ココロは。

 あの時のままですよ。

 ヘリポートで、あなたの姿を見たとき。

 今までの生活では、凍結していた記憶が一気に戻って来ました。

 仕事で来たので、チョコレートケーキは、持参してませんが……」

「シン……! シックス・ナイン!」

 彼女の厳しかった表情は、涙に溶けて。

 今は、仕事中であるコトや、側に武蔵川がいるコトをすっかり忘れて、彼女は僕の胸に、飛び込み、泣き崩れた。

 九谷は、あのときの約束を違えず、彼女の命をつないでくれたのだろう。

 だけども。

 アイツが好きなのは、オリヱしかいないから。

 彼女は、手ひどく振られたに違いない。

 それは、判っていたこと。

 だけども今度は。

 本物の僕が、彼女の側に、正式に居れる。

 本当に、守ってやれる。

 ココロも、カラダも……!

 僕も半分、泣きそうになりながら、彼女を一度、ぎゅっと抱きしめ、そのカラダを放すと。

 所在無げに、呆然と立ち尽くしている武蔵川に、にこっと笑って、事前に教えられた敬礼をする。


「僕の名前は『セイ』。

 本日付を持って、この部隊に実習生として着任します。

 今後とも、よろしくお願いします」


 そんな僕に、彼女も涙を払うと、敬礼を返した。


「私は、レスキュー部隊、山岳警備部部長、兼、教官を務めている、新庄 桜だ。

 あなたの入隊を歓迎する……!」



 そのとき。

 山小屋に閉じ込められた日々の間、ずっと吹き荒れてたような風が一瞬。

 深山のふもとにある、山岳警備部の本営上空を通り過ぎて行ったようだった。

 けれども、今は、新年度の始まり、春の盛り。

 山々には、雪のような桜が咲き乱れているだけで、とても暖かかった。

 窓の外で桜吹雪が舞い散るのを見ながら。

 二人の影が、そっと、寄り添った。




         〈了〉

H22.12.21.17:45



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