あひるの仔に天使の羽根を

・時間 玲Side

　玲Side
*********************


悪意漲(みなぎ)る観客が舞台から去り、残されたのは僕達。


緊張感を漂わせる、沈んだ重苦しい空気を先に裂いてしまったのは僕。


「何だよ、これ…。何なんだよ!!!」


僕は震える声で、ぐったりして動かなくなった芹霞を抱きしめる。


生きている。


しかし。


肌から伝わる芹霞の命の証は、僕に多少の安堵感を与えたものの、まだ完全に馴染むに至らぬ期間しか経ていない…その心臓が、いつ機能を止めてしまうか、それが僕には恐ろしくて仕方が無い。


その恐怖の前に、見栄も体裁も何ら関係なく。


僕は取り乱しにいいだけ取り乱して。


僕の芹霞だ。

僕だけの恋人なんだ。


「芹霞、芹霞?」


芹霞にとっては興味本位のお試しであろうと、そこに僕の恋情がなかろうと、僕の想いの全てが伝わりきってなかろうと、芹霞は僕のものなんだ。


彼女の無意識が誰か違う男を求めていても、意識は僕を選んでくれたんだ。


その芹霞が、少し前まで元気に動いていた芹霞が。


闇の漆黒に汚染され、その邪痕から放たれる禍々しさは、僕がどうこうできるレベルを超越していて。


肉体的レベルならば、まだ結界が有効という望みはあるけれど、今の事態はそんな簡単なものではない。


しかも紫堂の力が使える状況にはなく。


原因を取り除かない限り、闇は彼女を汚染し拡がる。


2ヶ月前。


彼女が帰還しようとするその闇を、潰したばかりだというのに。


やばい。


だからこその焦慮、だからこそ不安。


2ヶ月前の、芹霞を永遠に失いそうな…あの事態が再現されていくような危懼。


気狂いの血が、ざわざわと音を立てていて。