あひるの仔に天使の羽根を
「そういえば久遠って、帰ってきているのかな?」
建物内には気配がしない。
久遠だけではない。
荏原を始めとした給仕の気配もなく。
須臾も樒、司狼の気配も何1つなく。
まさしく陸の孤島のように、俺達の気配しか感じ取れない。
久遠が何処にいるのか判らない以上、探索しつつ協力を乞うのは、時間的に危険な賭けだ。しかも了承する保証は何もない。寧ろ、あいつの一笑で、即交渉決裂しそうだ。
「また師匠から。とりあえず考えていても時間の無駄だから、全速力で順に潰していくって。ねえ、紫堂。潰す順序に関係があるのなら、先に潰してしまった分はどうなってしまうのさ?」
「……判らん。玲に伝えろ。とりあえず、"中間領域(メリス)"の神父の寝所付近の魔方陣の前に着いたら連絡寄越せと。芹霞の様子をみながら、この方法が有効かどうか判断するとな」
もしも。
この術が間違っていて、また芹霞が血を噴き出したら。
その時、まだ鐘が鳴っていないことを祈るしかない。
俺は天井を見上げながら、前髪を掻き上げる。
時間が刻々と過ぎるようで、此処にいる自分がもどかしくて。
「………ん……」
そんな時、芹霞の声が漏れて。
彼女の元に赴き、真上からその顔を覗き込めば、
「櫂……おはよ……」
寝ぼけているのか。
目を擦りながら、ふわりと微笑む芹霞を見ていると、溜まらず抱きしめたくなってきて。
今自分がどんな格好なのかを忘れて抱きしめれば、
「………!!! 櫂、ふ、服~~!!!」
芹霞が真っ赤な顔をして叫んだ。