あひるの仔に天使の羽根を
 
「さあ、此処を抜けるぞ」


そう緋狭姉が言ったから。


「まだなんだよ、魔方陣。鐘は…鳴り終わって、しかも破壊出来るチビ…旭も、榊も居ねえ。焼け死んじまったかな?」


すると緋狭姉が笑い出した。


「少しは愚鈍が改善されたかと思ったが…何故私達が此処にいると思う?」


「?」



「魔方陣は――

とうに壊したんだよ、このボケッッッ!!!」



桜がプッチーンとなってしまった。


どうも…俺がチビ陽斗に気を取られている間に、なされていたらしい。


「じゃあチビは!? 榊は!?」


「とうに地上だ、馬鹿犬が」


呆れたように溜息をついた緋狭姉は、動かなくなったチビ陽斗の小さな身体を肩に担いだ。


「手当…してやんのか?」


「……ああ。お前には不本意かもしれないがな」


俺は頭を横に振った。


「いや…俺の知る緋狭姉…紅皇なら、誰でも見捨てはしないだろうさ」


そう笑えば、緋狭姉は艶然と笑って俺の髪をくしゃりと撫でた。



「だけど…俺のせいで結局櫂は…」


「いや…。むしろその方がよかったのかもしれぬ」


俺は思わず緋狭姉の黒い瞳を見つめた。


「"成長"とは…突然変異的な動きで、時に私の予想を超える。ならば…いやだからこそ、シロの予想すら凌駕する因子となりえぬのかも知れぬ」


それは本当に嬉しそうに。


「坊は黙って終わる男ではない。だから…今は坊を信じ、そしてお前達が出来ることをせよ。鐘の音が終わった今、やがて地は反転し…儀式は始まる。すれば此の地は、真実の姿を露わにするだろう」


「真実?」


緋狭姉、まだ何か隠しているのか?


「"約束の地(カナン)"は楽園なのだ」


「そんなにいい処か、此処?」


「それは目の前の事象だけに囚われているからだ。目に見えることだけを真実と思うな。真実など…心に左右されるものだ」


そう笑った顔は、どこまでも意味ありげに。


「坊はそこを突く気だ。

幸福に漬る人間達が真実に目覚めた時、何が起こるのか。

絶望か、歓喜か――」


その笑いは…悲哀に満ちていた。


< 1,162 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop