あひるの仔に天使の羽根を
「さあ、此処を抜けるぞ」
そう緋狭姉が言ったから。
「まだなんだよ、魔方陣。鐘は…鳴り終わって、しかも破壊出来るチビ…旭も、榊も居ねえ。焼け死んじまったかな?」
すると緋狭姉が笑い出した。
「少しは愚鈍が改善されたかと思ったが…何故私達が此処にいると思う?」
「?」
「魔方陣は――
とうに壊したんだよ、このボケッッッ!!!」
桜がプッチーンとなってしまった。
どうも…俺がチビ陽斗に気を取られている間に、なされていたらしい。
「じゃあチビは!? 榊は!?」
「とうに地上だ、馬鹿犬が」
呆れたように溜息をついた緋狭姉は、動かなくなったチビ陽斗の小さな身体を肩に担いだ。
「手当…してやんのか?」
「……ああ。お前には不本意かもしれないがな」
俺は頭を横に振った。
「いや…俺の知る緋狭姉…紅皇なら、誰でも見捨てはしないだろうさ」
そう笑えば、緋狭姉は艶然と笑って俺の髪をくしゃりと撫でた。
「だけど…俺のせいで結局櫂は…」
「いや…。むしろその方がよかったのかもしれぬ」
俺は思わず緋狭姉の黒い瞳を見つめた。
「"成長"とは…突然変異的な動きで、時に私の予想を超える。ならば…いやだからこそ、シロの予想すら凌駕する因子となりえぬのかも知れぬ」
それは本当に嬉しそうに。
「坊は黙って終わる男ではない。だから…今は坊を信じ、そしてお前達が出来ることをせよ。鐘の音が終わった今、やがて地は反転し…儀式は始まる。すれば此の地は、真実の姿を露わにするだろう」
「真実?」
緋狭姉、まだ何か隠しているのか?
「"約束の地(カナン)"は楽園なのだ」
「そんなにいい処か、此処?」
「それは目の前の事象だけに囚われているからだ。目に見えることだけを真実と思うな。真実など…心に左右されるものだ」
そう笑った顔は、どこまでも意味ありげに。
「坊はそこを突く気だ。
幸福に漬る人間達が真実に目覚めた時、何が起こるのか。
絶望か、歓喜か――」
その笑いは…悲哀に満ちていた。