凶漢−デスペラード
第一章…飼い犬

1…出会い

ガラス越しに見下ろす外には、交差点を足早に渡ろうとする働き蟻達が通り過ぎて行く。
朝の通勤時間帯に、スタバの二階から道行く人間達を一人、誰にも邪魔をされずに眺めるのがその男は好きだった。
いつもは一人なのに、今朝に限って連れが居る。
俯したように寝ている少女と出会ったのは、つい数時間前の事だ。
名前を聞いたかどうかも忘れる位、特にその女を気に入った訳ではない。
自分の名前すら果たして教えたかどうかも怪しい。
気が付いたら勝手にくっついて来た。

すっかり冷めたエスプレッソの残りを一気に流し込み、男は立ち上がった。
椅子を動かした拍子に眠っていた少女が顔を上げた。
「リュウちゃん、何処に行くの?」
俺の事を名前で呼んだ…て事は、こいつの名前を聞いてるって事だ…
神崎竜治は、鉛を乗せられたかのように重くなった頭を少女に向けた。
「帰るの?」
似合わない厚化粧が禿げかけている。
数時間前の記憶を蘇らせようとするのだが、主人の意思とは反対に、脳味噌は活動を停止している。
「ああ…」
ぶっきらぼうに答え、竜治は少女を無視するかのようにして出口に向かった。
「待って…アタシも行く…」
「行くって…何処へだ?」
「リュウちゃんとこ…」
小動物のような落ち着きの無い目の動きをしている。
アルコールのすえた臭いが竜治の鼻先を漂った。
少しずつ数時間前の記憶がはっきりして来た。
エニグマに入る前に、場違いな中年サラリーマンに絡まれてる所を、助けた少女だ。
助けたと言っても、勝手にこの女が俺の背中に隠れ、
「変な男に絡まれてるから、彼氏のふりをして。」
と言って、そのままエニグマに付いて来ただけだが…
俺は特に何もしていない…する気も無かったが…
円山町のホテル街と百軒店の入り口沿いに並ぶクラブの中でも、エニグマは最近では一番客が入ってる箱だ。
VIP席も豪華で、芸能人を見掛ける事もしょっちゅうだ。
竜治はエニグマに週に何度か足を運ぶが、これ迄ただの一度も遊んだ事は無い。
エニグマに顔を出す時は、何時もビジネスでだ。
ビジネスと言っても、ただのパシリでしか無いのだが…。
「来ても良いなんて俺は一言も言ってねえぞ。」
付いて来る少女にそう言うと、
「さっきはいいよって言ってくれたじゃん。」
又少し記憶が戻って来た。
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