凶漢−デスペラード

5…暗闘

竜治は、自分を酷使する事によって、様々な迷いに惑わされる事なく生きて行ける……そう考えた。

迷いの中に現れるのは、久美子であり、あの日のジュリだった。

そんな中、新たな転機をもたらしたのは、意外な人物だった。

百軒店に古くから住んでいる人間で、古森という者が居る。

一見、町内会のおじさん位にしか見えないこの人物の前歴を知ったら、大概の人間が腰を抜かす。

年齢は七十近いかと思われるが、見た目は一回りも二回りも若く見える。

自分の女房に、近くで小料理屋をやらせているが、他にもいろいろとこの界隈の店に関わりを持っている。

古森は、夜の世界の顔役という一面があった。

彼の前身は、渋谷のヤクザだ。
それも、若くして金看板を張った伝説のヤクザだった。

彼が二十歳前後の頃、渋谷で後世に語り継がれて来た学生ヤクザの一団があった。

それ迄の組織とは違う、都会的で洗練されたその集団は、瞬く間に渋谷一帯を自分達の帝国にしていった。

お揃いのダークスーツに金バッジ。

彼等は当時の不良達の憧れとなった。

元々、渋谷周辺にたむろしていた大学の運動部の連中や、応援団といった、体育会系の学生達が作った組織だったから、同じ大学の後輩達がこぞって先輩の元へ集まったという事も、組織が大きくなった一因になった。

その中に古森も居た。

現代以上に、暴力というものが、ストレートに彼等の存在意義を示す時代であったから、古森も若い頃は数々の修羅場を潜り抜けて来た。

カリスマ的名声を得た組織のリーダーは、その後の度重なる抗争と、自身の服役、警察の全国的規模の頂上作戦によって、組織の解散を余儀無くされた。

三千人近く居た組員は、堅気に戻ったり、他の組に行ったりと散り散りになったが、古森は渋谷に残り、既に何人か居た身内や舎弟分を引き連れ、百人会という新興組織に加わったのである。

その百人会でもすぐに頭角を現し、会長にまでなった。

その後、都内のヤクザ組織の統廃合が繰り返され、百人会も親栄会に吸収された。

そして、そこでも重きを置かれ、行末は代目を継ぐだろうと噂されていたのだが、彼は、ある日突然、ヤクザの世界から足を洗ったのである。
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