失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「私が彼と深く分け合っていた闇を

彼はどこかに失ってしまったようだ

彼と引き合っていた赤い糸は切れ

彼に触ろうとしても…手からすり抜

けていってしまう…紅く燃える熾火

も黒く生温い暗闇も彼から抜け落ち

てしまった…なぜだ…?」

彼は僕を押し倒した

「また君のせいか…?」

彼の唇が身体を這い

指が敏感な部分を捕らえる

「はうっ…」

「君だけは変わらないな…安心する

いや…少し変わったかな…前より

私を受け入れ始めて…」

彼の舌が僕を犯す

「んあっ!」

「苦痛でなく…快感に震えている」

腰の辺りから蕩けそうな感覚が

身体を支配してくる

思わず腰を浮かして回してしまう

「ストックホルム症候群か…?」

彼はクスッと笑い僕の腰を弄んだ

「はあっ…あ…あ…」

「人質が犯人に好意を持つように

自分をマインドコントロールする

…それともこの前の調教が効いたの

か…どちらにしても私の想定内だ」

「あ…ああ…」

「たまらないだろう…」

たまらな…い

彼の言う通り

やっぱり身体を盗られてる

嫌悪を侵す性感の波紋

徐々に…しかも確実に

苦しむよりマシだから

でも逆にコレで苦しむようになる

ストックホルム症候群?

ああ…そうかも

その気持ちわかるよ

心が極限になればわかる

でも症候群はもう一つある

犯人が人質に好意を持つ場合もね

…なんて言ったっけ

テレビでやってたのに…

「とにかく君の兄さんに何かがあっ

た…君のせいだな…私の気持ちが

すっかり萎えて…とても虚しいよ…

とても」

「んあっ…ああ!」

彼がいきなり押し入ってきた

両手を掴まれベッドに磔になり

されるがまま

縛られてもいないのに

抵抗する気になれない

「何があった…?」

ゆっくりと責めながら

彼は僕に聞いた

「別…れた…ん…だ」

僕はまた事実の一方だけを告げた

「リセッ…トした…ああっ」

僕の話が喘ぎ声で切れるのも構わず

彼は僕の身体を嬲り続けた








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