失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
目が覚めても
車は移動を続けていた
まるで誰かに追われているみたいだ
いつもならどこか人気のない場所で
僕の起きるのを待ってるのに
今日は始めから終わりまで
なにもかもイレギュラーな一日だ
彼もいつもと違う
言ってることもなんとなく
辻褄が合わないし
彼の冷酷さもいつもの感じと違う
やはり彼は時折バックミラーを
気にしながら
かなり荒い運転で走っていた
まだ夕方にはならない
いつもより早く部屋を出たんだろう
「舌を噛まないようにな」
彼は僕を気遣ったのか
しゃべらないように牽制したのか
不明なことを言った
彼は僕が目を覚ますのがすぐ分かる
「誰かに…追われてるみたいだ」
僕は思ったことをそのまま告げた
「ご名答…君が雇った殺し屋か?」
彼は冗談とも本気ともつかない事を
僕に答えた
「本気?」
「半分な」
「まじで…?」
「君には十分な動機があるし」
彼は自分の言った事に思わず
吹き出していた
「でなければ君の兄さんだ…あはは
君の兄さんから殺されるなら…
それも良いか」
彼はまた笑った
「思い込みのレベルは少し越えて
いる…私は他人の秘密を食べ過ぎた
らしい…人は時折立場が逆転する
取るに足らない人物が何かの弾みで
変な権力をもつ事になる」
彼は少し顔を歪めた
「近いうちに私は行方をくらますか
密かに殺されるか…まあ…いままで
になかった経験ではない…誰かも
察しはついている」
僕にはにわかに信じがたい話だった