月光レプリカ -不完全な、ふたつの-
 リビングに戻ると、光がスポーツバッグを片付けようとしていた。ボロボロのバッグに、ボロボロのジャージ。光の心もボロボロだと思う。あたしは、次の光の誕生日にでも、新しいバッグをプレゼントしようかと考えた。

「痛い? 腕」

 あたしは声をかけた。光は首を横に振る。痛くないわけは無いと思うけど、落ち着いているみたいで少しホッとする。

「お姉ちゃん、ごめん。もうしないから」

 バッグのファスナーを閉じると、光は弱く笑ってそう言った。こんなことになって、一番傷ついているのは光なんだから。それは後悔とか悲しみとか苦しみとか、渦巻いているんだろうけれど。

「うん」

 なんて返事をしていいのか分からなかったから、そう言った。光は「大丈夫だ」とは言わない。大丈夫かなんて聞けないし、あんなことがあって、すぐに何か変わるわけじゃないと思うから。

「ご飯、食べよう。お腹空いたでしょ」

 冷蔵庫の中の、ラップがかかった皿を思い出した。そうだった、きっと光はお腹が空いてるだろう。自分の空腹にも気付いた。そういえば今日は何も食べていない。キッチンへ行き、冷蔵庫に手をかけた時、ケータイが鳴る。お母さんだった。

「いまから帰るわよぉ。お土産買って帰るね」

 ウキウキな声が聞こえてきて、お土産はなんだろうって想像する。コンサート終ったんだ。もうそんなに時間が経っていたんだ。

「光、帰ってきたの?」

「うん、居るよ」

 冷蔵庫から皿を取り出して、リビングのソファに座る光の後姿。ちらっと視線をやって、お母さんとの電話を切る。

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