見えない糸
「フゥ…」

直次は、机の前に座ると、カバンからタバコを取り出し、火を点けた。

パソコンを立ち上げ、中にあるファイルを開く。
それは、紗織に関するデータだ。


紗織は幼い頃の記憶がない。
幼い頃というより、自分の名前と生年月日以外、何もわからない。

紗織と一緒に暮らすようになって、もう6年近くになる。
彼女とは厳密に言えば、血縁関係ではない。

心療内科医と患者の関係だ。

紗織もオジサンは医者だという事と、父親じゃないという事しか知らない。


紗織の事は、大分前から知っていた。
児童養護施設に時々行って、そこにいる子供達の様子などを見ていた時に、施設の手伝いをしていた紗織を何度も見ていたからだ。

目鼻立ちがハッキリして、髪はいつもポニーテールの可愛い女の子。

直次を見かけると、ペコッと頭を下げるだけで、話はした事もなかったが、いつも紗織の周りには、子供達の楽しそうな声が溢れていた。

「紗織チャン…本当は可哀想なんですよ…何とかならないでしょうかねぇ…」

施設の先生が言った言葉の意味を、その時は全くわからなかった。

その約2年後、直次の勤める病院に、紗織が入院してきたのだ。

可愛い印象が強かっただけに、目の前の無表情の紗織を見て、とても同一人物には思えなかった。


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