見えない糸
部屋着から少しラフな服に着替える。
ちょうど最後の1本のタバコに火を点け、深く煙を吸い込むと、ふーっと吐き出しながら天井を見上げた。
紗織の過去を知る糸だけが欲しかった。
なのに、紗織を取り巻く人物の糸が、紗織の糸に絡みついてしまっている。
高谷の事を分からなければ、紗織の記憶のパーツは見つからない。
「遠回りなのか、近道なのか…」
直次は呟くと、まだ吸えるタバコの火をもみ消した。
灰皿と鞄を持って1階のキッチンに入る。
『タバコの火で火事になったら大変なんだから、出かけるなら灰皿に水を入れておいて!』
毎回、紗織に注意されていた事だ。
「水ね…入れますよ…」
誰もいないキッチンで大きな独り言を言いながら、灰皿をシンクの中に置いた。
「さて…いってきます…」
声のない家に寂しさを感じながら、直次は静かに玄関を出た。