求愛
とにかく走り続けていると、視界の先には工場地帯への入り口が見える。


もう呼吸さえ出来なくなり、あたしは積み上げられたコンテナの裏に身を潜めた。


息を殺し、震える手で携帯を取り出す。



『リサ?!』


ワンコールさえ鳴らずに聞こえた声に、どれほど安堵しただろう。



「…タカ、助けっ、怖いよっ…」


『おい!』


「…殺されっ、早くっ…」


言葉にすれば、堰を切ったように涙が溢れ、千田の形相を思い出すだけでも身がすくむ。


これ以上声を立てれば居場所がバレるのではないかという恐怖もあり、あたしはパニックに陥った。


電話口の向こうはガサガサと音が鳴り、



『リサちゃん、今どこだ?』


道明さんが冷静に、でも焦りの滲む声で問うてくる。



『場所がわからないなら、そこから見えるものでも何でも良いから。』


言われて初めてちゃんと顔を上げた。


月明かりだけが照らす場所で、あの男に見つからないようにしながらも、目を凝らす。



『すぐに行くから、落ち着くんだ。』


あたしは震える息を吐いた。



「…多分、湾岸地区から近い場所だと思う。
M貿易の倉庫か何かで、コンテナがいっぱいあって…」


『わかった、電話は切るなよ。』


道明さんが初めてあたしに向けて命令口調を放ったことにも気付かず、言われた通りに携帯を通話状態のままにし、握り締めた。


一秒が何十時間にも感じさせられる。

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