求愛
「裏切り者め!」


狭い後部座席で揉み合いになりながらも、体が震えて抵抗すらままならない。


タカの着信音が響く中で、恐怖からか涙が溢れた。


春樹さえ怖いと思わなかったあたしが、狂ったようなこの男を前に、やめて、やめて、と繰り返すことしか出来ない。



「どうしてボクの想いが届かないんだよ!
こんなに愛してるのに、何でわかってくれないんだ!」



千田は叫び散らす。



「あなたを犯す夢ばかり見た!
いつも振り向いてほしかったのに!」


「…やっ、助けっ…」


「許さないぞ!
他の男に渡すくらいなら、お前なんか死んでしまえば良いんだ!」


街灯のひとつさえないこの場所がどこだかなんてわからず、助けを求める声さえ闇に消える。


けど、それでも、この男にだけは殺されたくなんてない。



「触らないでよ!」


必死で蹴り飛ばした瞬間、あたしのヒールの先端は彼の腹部を捕えた。


千田はうっ、とうめき声を上げて足を引き、あたしは渾身の力でさらにその体を突き飛ばす。



「この、クソッ!」


必死で走った。


後ろさえ振り返ることも出来ず、とにかく少しでもアイツから遠くに逃げたかった。


靴が脱げて、転んでも、足を止めることにさえ恐怖した。

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