光の子
「藤川くん、本郷だ」
監督に握手を求められて、矢楚も右手を出した。
「来週から、3週間くらい学校を休めるかな」
質問の形をとりながら、そこには指示の響きがある。
驚く矢楚に、監督の傍らにいる人物が付け加えた。
「本郷監督は、君をブィットリアのトップチームに帯同(たいどう)したいと考えておられるんだ」
下部ユースから選手が呼ばれて、プロにまじって試合に出場することがあり、それを帯同という。
しかし、矢楚ほどの若さでJ1の試合に帯同されるのは、ユースでもめったにあることではない。
監督は、厳しい表情で言った。
「開幕戦のあと、FWに故障や不調が続いてね。
この先一ヵ月くらいFWに厚みが足りないことが見えいるんだ。
試合への起用は君の仕上がり次第だ。
来週から、チーム練習に帯同してくれ」
誰かが祝福するように矢楚の肩を叩いた。
矢楚は、わかりました、と低く答えた。
監督はさして喜ぶでもなく、軽くうなずいて去っていく。
サッカー選手としてのチャンスが巡ってきた。
考えていたより、ずっと早く。
まるで早送りで人生を生きているみたいだ。
矢楚は、
運命の手が伸びて、すっと自分の背中を押した気がした。