風に揺蕩う物語
こうも顔色を変えるとは。いやはや今日は珍しいものが見れた。

僕も良い趣味をしているな。使用人を困らせて楽しんでしまっている。

願わくばシャロンも僕と同じ様に、楽しんでもらえれば嬉しいんだけどね。

「そろそろ曲が始まりそうだ。演奏が始まったら、僕の言う通りに足を運んで」

「…はい」

今宵のダンズは滅多にない機会になった。精一杯楽しませてもらおうか。

伴奏者が手に持っていた楽器を構えた所で、会場内が静寂に包まれる。そんな中、先ほどまで姿を現さなかったセレスティアがどこからか姿を現した。

その隣にはヴェルハルトの姿もあり、どうやら二人もダンスに参加するようだ。

ヒクサクはと言うとダンスに興味があまりないようで、遠巻きに従者と会話をしながら二人に視線を送っているだけ。

セレスティアは式典の時の衣装をまた変えたようで、今は漆黒を身にまとったかの様な黒いドレスを身に着けていた。前髪を左右に垂らし、後ろ髪を頭の頂上で深い緑色の真珠で出来た髪留めで留めている。

おそらく踊りやすいように髪型を変えたのだろう。

ヒューゴとは少し離れた位置で定位置についた二人は、向かい合う様に構えを取ると、その瞬間を待っていたかの様に、曲が始まった。

「いくよシャロン。まずは交互に足を運ぶ」

「はい」

右、左、右、左…。

風に揺られる葉の様に、揺蕩う動きで左右に足を運ぶ。周りで踊っている人々も同じ様にゆったりとした動きで踊り始めた。

「足元見ちゃダメだよ。僕の眼をしっかりと見て」

どうにも自分のステップに自信が持てないのだろうシャロンは、足元に視線を送る。ヒューゴの言葉にしっかりと返事をするものの、視線はヒューゴの瞳を捉え切れていない。

「まだ緊張してる?」

ヒューゴは幾分動きの硬いシャロンにそう言葉をかけた。
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