風に揺蕩う物語
「この度は不詳のせがれを診察して頂きありがとうございます!ヒューゴ様におかれましてはっご機嫌のほどは…」

「頭を上げてくださいお父さん。それに無理に丁寧に言葉を選ばれなくても大丈夫ですよ。今は人の眼はありませんし」

普段使い慣れていないのであろう言葉を一生懸命話す子供の父親は、ヒューゴの言葉を聞いても頭を上げず、地面に擦りつける様に頭を下げたままだ。

その背中からは、少し悲痛なまでの緊張や脅えすら感じられる。

そんな父親の姿を見ていた子供もまた父親にならってか、叩頭しようと膝を曲げようとしていた。その姿を見たヒューゴは子供の肩に手を置き、首を横に振ると先ほどまで子供が座っていた椅子に腰かけるように言葉をかけた。

そして頭を下げたままで居る父親の前で両ひざを折ると、微笑みを浮かべ話しかけた。

「本当に大丈夫ですから。どうか頭を上げて下さいますか?」

父親は少し視線を上げ、ヒューゴに視線を送る。そしてヒューゴが膝を地面に着けている姿を見た父親は声を裏返しながら話す。

「ヒュっヒューゴ様!私の様な平民にどうか膝を地面に着ける様なマネはしないでくだせい!」

「ならお父さんも頭を上げてください。そうしたら私も膝を上げましょう」

そんな言葉をかけられると何も言えないのか、父親はゆっくりと立ち上がると、茫然とした表情でヒューゴに視線を送る。

そんな父親の姿を見たヒューゴは、先ほどと同じように表情を柔らかいものにしながら膝を上げ、立ち上がった。

そして急に思い出した様に父親はポケット漁ると、手持ちの所持金なのだろう銀貨一枚と銅貨数枚を取り出し、ヒューゴに差し出した。

一般的な平民の一月の給金と同じ価値がある金額だ。

「いっ今はこれしかありませんが足りますでしょうか?」

そんな父親の姿を見たヒューゴは、その差し出された手を下げさせると、一度首を横に振った。

「いえいえ結構ですよ。成り行きで診察しただけですから、お金は受け取れません」

「そっそそんな訳にはいきません。ヒューゴ様に診察して頂いたのに」

「大した診察はしていませんよ。それにお父さん…子供はこの国の未来そのものです。どうかお子さんを大切にお育て下さい。お代はそれで結構ですから」
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