「ワタリガラス」
ワタリガラスは、困ってしまいました。
自分にも名前くらいはあります。しかし、それを人に教えた事はありません。
どうして、そんな事を聞きたがるのかが不思議だったのです。
自分の名前なんて、どうだっていいじゃないか。そう言いたくても。何故か言えなくて。
自分は何をしているんだろう、と苦笑いしてしまいます。
早速、本当の笑顔なんて忘れてしまった彼女に。他人に自分の名前を教えてどうなると言うのだろうか。
「今は、まだ内緒。」
「いいよ。これから一緒にパンを食べるんだから。これから、ずっとだよ。」
「・・・。」
「えへ。ねぇ。触ってもいい?」
「いや。やめて。」
「でも、朝露がついてる。」
「いいの。放っておいて。」
少女はワタリガラスの隣に座りました。少しだけですが、体温が感じられます。
隣の少女は生きている。
生きていて、自分に話しかけている。
その上、その言葉にすら温度がある。冷たくなんか、ない。不思議な感覚でした。
どうにも慣れません。困っていると、それを見透かしたように。
「これからは、ずっと一緒だよ・・・。」
「なんで・・・。」
「ん?」
「あたしと、一緒?」
「そうだよ?」
「ふん・・・。」
「照れてる?」
「違う。」
ワタリガラスはその日も同じ場所で少女と一緒に空を見ていました。
この少女も、空を飛ぶ事ができたなら。ふと、そんな事を考えてしまいます。
そして、慌てて。もしそうなったとしても自分には何も変えられない。と。思い直すのでした。