ナイフ
男は恐る恐る、雑に切られた妻の腹部を覗くと、
そこには産声ひとつあげずに、ただ笑っている血まみれの赤ん坊がひとり。



無邪気なはずの笑みが気味悪くなってしまうほど赤に染まった赤ん坊の腕には、あの誓いのナイフがふたつ。

美しく輝いているものと、錆び付いているものだった。


刃には、確かにあの印。


“あぁ、そうだった。そうだったね。
忘れていて、ごめんよ。”




男は血まみれの赤ん坊を洗わずに抱きかかえた。




“やっと思い出した。あの誓い。このナイフ。
君はずっと、あの木の下で待っていてくれていたんだね。

僕は本当に君を愛していたんだ。永久の愛を叶えたかった。


それなのに、忘れてしまっていた愚かな僕を恨んでもいい。憎んでもいい。そのナイフで、ひと思いに殺してくれても、いい。”



赤ん坊は笑ったまま、なにもしない。



“君はいつだってそうだった。
僕が君に、どんなにひどい事をしても、そうやって笑うんだ。

僕がその笑顔に一等弱いってこと、君は知らないだろう?”




男は静かに泣いた。



妻にも自分にも似ない赤ん坊を
昔、愛を誓ったあの女にそっくりな我が子を


抱きしめたまま



抱きしめた、まま


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