花嫁と咎人
◇ ◆ ◇
黒髪の少年が呻いていた。
顔は傷だらけで…痛々しい程の打撲の跡が紫色に変色し、肌の至る所に浮き上がっている。
「立て!…この出来損ない!」
途端…中庭に響く罵声。
元を目で追うと、そこに居たのは長い黒髪を靡かせる金色の瞳の男。
どうやら父親のようだ。
剣の稽古でもしているのだろうか。
木でできた練習用の剣を持っている。
「それでも私の息子か!」
罵声の後、あろうことかその木刀で少年を殴り倒したのだ。
鈍い音を立てて…芝生の上に倒れこむ少年。
自分は…その親子を知っていた。
寧ろ、城内で知らぬものはいないだろう。
…その男の名は、ラザレス・イヴァン・シュヴァンネンベルク。
彼はシュヴァンネンベルク公爵家の当主にして、エスタンシア王国の国政を動かすほどの権力者。
一般的にシュヴァンネンベルク公ラザレスと呼ばれ…他の貴族達は彼の手が自分の元へと及ぶのを恐れるあまり、近づこうともしない。
そして彼は、我らが姫様の最大の協力者にして最大の厄介者でもある。
いつだって…彼は悪しき事を考えているのだ。
「早く剣を持て!」
だが、今は息子の剣術の育成にお熱らしい。
とはいっても、はたから見れば只の虐待。
息子をいたぶっている様にしか見えなくて。
少年は何度も怒鳴られ、必死に立ち上がろうとするが…どうにも様子がおかしい。
胸を押さえては苦しそうに息をしては、痛みをこらえているのかうっすらと目には涙が浮かんでいる。
……どうやら肋骨が折れているようだ。