楽園の炎
「? それだけ? その衣は?」

上と下に分かれた衣服には、手を付けていない。
同じ木に掛かっていたし、男の服だろうに。

「濡れてるんだよ。これも乾いちゃいないが、まだマシだ」

濡れた髪の毛を掻き上げながら言う男は、なかなか整った顔立ちをしている。

「服のまま、飛び込んだの? やっぱり、大事な物なんじゃ・・・・・・」

再び水際に寄る朱夏の腕を取り、男は軽く肩を竦めた。

「正確には、落ちたんだよ。あんまり綺麗な泉だから、ふらふらと近くまで寄ったら、足を滑らせてね。おまけに、変に耐えようとしたもんだから、腰にあった大事なもんが、外れて落ちてしまった。で、あっと思ったら、どぼん」

「・・・・・・ドジなんだ・・・・・・」

朱夏の言葉に、男は怒るでもなく、にっと笑った。
屈託なく笑う男の表情に、ふと知ったような感覚を覚える。
だがその僅かな感覚は、鮮明になる前に、不意に聞こえた腹の音にかき消された。

「あ。そういえば、今朝港に着いてから、何も食ってないんだった」

思い出したように呟く男に、朱夏は笑い出した。

「何だ。食べ物なら、その辺にいっぱいあるのに。森を歩いてきたんでしょ。道々、いろいろあったはずよ」

森を指差して見せると、男は僅かに首を傾げる。
朱夏は思い出して、元いた木の下に走り、落ちていたマンゴーを拾った。
男の攻撃を避けた際に、落としたのだ。
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