楽園の炎
「落ち着きなさい」

炎駒は手で朱夏を制し、押し留めた。

「驚いていたがね。私のところに来ること自体、何かあるということだろう。桂枝も、それはわかっていたから、卒倒はせんかったよ。いつになく真剣な息子の表情に、よっぽどのことだという心構えも、あったのかもしれん」

しばらく息を止めていた朱夏は、はぁ、と答えて、椅子に身体を沈めた。
お茶を飲んで気を落ち着けてから、朱夏は再び父に問うた。

「それで、憂杏はどうするつもりなのです? あたしとユウは、確かにこの前、憂杏にナスル姫の気持ちを伝えました。その前からも、憂杏もナスル姫を、それなりに可愛がっているとはわかっていましたが。やはり、歳の開きも身分の開きもありますから、いくら親しくても、憂杏にしたら、恋愛の対象にはならない可能性が高いじゃないですか。大人でそういう分別もある分、ナスル姫様には、不利なんじゃないかと思うんですよ」

「うむ、そうだな。お前と夕星殿と違い、あの者らは元々から、ただの商人と姫君という身分で出会った。憂杏が何も知らないような若者なら、身分など考えずに突っ走るかもしれんが、なまじ歳を食っているだけに、世間も知ってる。初めから姫君とわかっているナスル姫には、そういう感情すら湧かないかもしれん」

「ということは、お断りする、ということですか?」

ちょっとナスル姫が可哀相になり、朱夏は上目遣いで父を見た。
いや、と前置きしてから、炎駒は再びカップを持ち上げる。
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