楽園の炎
「そうか。さすが葵王殿だ。なかなか鋭い。ああ、何故葵王殿では駄目なのだ」

振られた本人の葵よりも、よっぽど皇太子のほうが残念がっている。
葵は何と言っていいものやら、苦笑いを浮かべるしかない。

こんなに宗主国の皇太子に好かれて、葵は幸せ者だなぁ、と妙なところに感心しつつ、朱夏は皇太子の出方を窺った。

「実はですね、ナスルが、憂杏に懸想しまして」

夕星のあけすけな言い方に、その場の皆が驚いたが、一番驚くであろうアルファルド王だけは、何故かいつもと同じ態度で、ほぅ、と呟いただけだった。

「王も、お気づきだったのですか?」

大して驚かない王に、炎駒が訝しげな顔を向ける。
アルファルド王は、静かにお茶を飲むと、カップを置きながら柔らかく微笑んだ。

「いや? 私は憂杏が国に戻ってきていることすら、知らなかったのだよ。ナスル姫様と彼が知り合ったことだって、今初めて知った。だが、人の気持ちは、思うとおりには動かぬからね」

意外なことが起こっても、何ら不思議はない、と、いつもののほほんとした口調で言う。

---この人は、案外大物かもしれない---

恐らくその場にいた全員が、思ったことだろう。
ただのほほんとしているわけではない。
この王は、何が起こっても動じない度胸の持ち主なのだ。

---ま、仮にも王なのだものね。ぼんやりしているだけの人なわけ、ないよね---

今更ながら、やはりこの人は王なのだと、納得する。

「なるほど。身分の隔たりが、唯一の足枷なわけですな」

いや、外見も・・・・・・と心の中で突っ込み、朱夏はちら、と皇太子を見た。
そういえば、皇太子はどこまで知っているのだろう。
年齢のことは、それほど大きな問題ではないのだろうか。
どうやらまだ憂杏本人には会っていないようだから、ナスル姫に話を聞いただけのような気がする。

「王の仰るとおりだ。わかった。では、明日にでもその憂杏という者と、会うことにしよう。炎駒殿、手配しておいてくれ」

わかりました、と頭を下げる炎駒を合図に、夕餉の席はお開きとなった。
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