楽園の炎
「た、大変だよぅ。今、今、ここ、皇太子様がっ・・・・・・」

恰幅の良い女将は、転がるように二人の前に走り寄ると、息を切らせてぺたりとその場にへたり込んだ。
担いでいた芋が、いくつか転がる。

「サージ、何、どうしたんだ。皇太子様って、葵王様かい? そんなに驚くこともないだろ?」

洗濯していた女性が、慌てて駆け寄る。
サージと呼ばれたスープの店の女将は、ぜぃぜぃと肩でしていた息を整えると、芋の籠をどん、と置いて、己を落ち着かせるように、大きく息をついた。

「違うよ。葵王様なら、こんな驚かないよ。そ、宗主国だよ。何と何と、ククルカンの皇太子様が来られたんだよっ」

言っているうちに、また興奮してきたようで、サージ女将は籠をばんばんと叩いた。

「何だってぇ? な、何でそんなおかたが、市なんかに来るんだよ」

「知るもんか。別に騒ぎも起こってないし、ヤバい奴が紛れ込んだって話も聞かない。でも実際に、もうそこに来られてるんだよ」

言いながら、サージはびしっと、微かに見える兵士の影を指差す。

---あ~、やっぱりあれは、兄上だったのね。わたくしの様子を、見に来たのかしら---

兵士の影を見たときから、ナスル姫は何となく気づいていた。
が、本来の自分の身分を明かすのも躊躇われる。

このまま皇太子がここに来れば、バレてしまうと思いながら、どうしようかと考えていると、天幕の影から、ひょいと憂杏が顔を出した。
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