門限9時の領収書

「可愛かった、結衣ちゃん可愛かったーカワイイ。羨まし?」

藍色をした布をペラペラ頭の上で泳がせると、良平は猫のように追いかける。

無邪気検定一級を差し上げたいものだ。

パジャマの上から脇腹をくすぐってやると、目に涙を浮かべて暴れるから面白い。

もう小学二年生、彼はいつまでこんな風に兄とじゃれあうつもりなのだろうか。

少し切なく思う。
いつまでもこのままで居てほしい。
……それはあの子にも言えること。


そんな兄・洋平の純粋な気持ちを知ってか知らずか――子供らしい澄んだ瞳をして良平は言った。


『お兄ちゃん結衣ちゃんキスしたのー?』


浮ついた音色が天井よりやや下の辺りで騒ぎ立てる。

 ……。

最近の子供はマセているらしい。
一体どんな教育を受けたら八歳の分際で兄の事情を探るようになるのか。

洋平としては、無邪気さを前に黙るしかなく。


 ……キス?


『結衣ちゃんオレもキスしたい』

幼さが分かるみずみずしい唇を尖らせ、宣戦布告を提言された。

結衣のファーストキスが良平だったら、洋平は将来弟に女が出来た時、

一番に彼女の唇を奪ってやろうと敵対心を燃やしたのはあまりにおとなげない為、秘密にしておこう。


 ……。

「だめ、結衣ちゃんはお兄ちゃんの。お前は母さんとチューしなさいな」

『ずるいずるいずるーい』

保育園後に母親離れを成し遂げた良平は、小学校に上がるとブラコンになったように思う。

不思議な変化。
高学年になれば自分も避けられるのかと思うと、なんだか洋平は淋しかった。


ずっとずっと傍に居たくても、いつか必ず離れてしまう時が来る。

どうして時々未来が怖くなるのだろうか。


――なんて、男子が感傷に耽る姿に女子はキュンとなるらしいからベタを真似ているだけで、

さして彼は念入りに考えていやしないのだけれど。

< 146 / 214 >

この作品をシェア

pagetop