門限9時の領収書
――――――――
―――――


泡立てたばかりの新鮮な生クリームをヘラですくって散らしたような浮雲が泳ぐのは、

爽やかな香りが似合うパフュームの瓶の色をした澄み切った空。


回りくどいことは言わない。
つまり、恋する洋平が見る今日という世界は、オシャレなお菓子といった雰囲気を纏っているんだとか。

これぞ正に恋愛イリュージョンであろう。


手土産は今月のオススメらしい星型にカットされた桃入り七夕ゼリーパフェと(後数日しかないのに)、

甘過ぎるから好みが分かれる濃厚さがセールスポイントの焼きプリンケーキタルトをそれぞれ三つずつ。


  ……。

エレベーターの中でナルシストに鏡と向き合った少年は、目にかかった前髪を直していた。

乙女たちみたいにコンシーラーが使えないので、

昨夜、浮かれて眠れなかった証拠に隈があるか心配したけれど、大丈夫みたいで安心した。

そして軽く唇を引き締めた自分を一秒見てから、一歩足を踏み出す。


巨大なチョコレートと化した扉、ピンポンを合図に開かれた新世界――そこはお菓子の国。


「おじゃまします」

境界線の外からの声に、「……わ、来た」と反応を示す少女は、

「へへ、いらっしゃい、とか。……あは、照れる」と、淡くはにかんで見せた。

いつも通りの蕩けるような笑顔をするなんて、彼氏をドキドキさせる小悪魔。


お宅にお邪魔する前フリとして小話を披露するのが客の役目。

彼氏である洋平は、「部屋着?」と彼女である結衣をイジってみせた。

「え、着替えたよ、そこまでラフになれませんよ、あはは」

肩が膨らんだ可愛い赤色をしたカーディガンに、

春夏の定番であるギンガムチェックのミニ丈のワンピースは子供っぽくて好きだ。


 ……可愛い

もちろんルームウェアではないことなど承知だが、あえて尋ねるのが高校生らしいチープな笑いの鉄則だ。

(期末が始まる日にテスト勉強した? と確認するみたいな感覚)


< 181 / 214 >

この作品をシェア

pagetop