虫の影と夢の音
獅子が襖の外で美冬を呼ぶと、蝶の影が必ず通る。
 

そのたびに滝の割った鏡の破片で美冬は自分を傷つけた。


滝崎は来ない。


なのに蝶の影は飛ぶ。
 

獅子を生んだ記憶しかない。


けれど、腹の中にいる獅子に、まるで滝崎に話しかけるように美冬は聞いていた。


「いつ迎えに来てくれるの?」
 

滝崎はもうこの世にいないのかもしれない。


そう思うこともあった。


虫にいなくなる時期があるように、滝崎にもいなくなる時期はくるはずだ。
 

けれど、美冬はずっと彼を待っていた。


虫がまたどこからか現れるように、襖を開けてきてくれるのではないだろうか。


そう思う。
 

獅子はいくつになったのだろう。


もしかしたらもう子供の姿ではないのかもしれない。
 

あれから何年経っているのかわからない。
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