ジュリアン・ドール
「いやよ。ミサはジョウともお父様とも離れたくないわ!」


ジョウにはミサの気持ちが痛いほど解った。また、ミサが冷静さを無くしてしまっている事にも気付いていた。ミサは異常な程の父親コンプレックスで育った娘で、サロンの前でだけは、自分の事を“私”を呼ばず自分の名前で呼んでいるから。


ジョウは、多分ミサは自分を選ぶだろうという確信を持っていたので、ミサとの別れの予感など微塵も持たなかった。だからこそミサの気持ちが胸が痛いほど解り、その苦しさに襲われた。


「しかしミサ、おまえはもう年頃の娘だ。いずれは私の許から離れて逝くのだから、今がその時かは私にも分からん。

しかし、おまえは私と行くか、ジョウ君の許へ行くか、選ばなければならない。私だって可愛いお前を手放したくなどない。・・・・・そこでだ!」


突然、サロンはミサから目を反らし、彼の話を真剣に聞いていたジョウの真剣な視線を捕らえた。


ジョウは、サロンが何か自分に条件を出そうとしているのを察知すると、再び姿勢を正し、「何でしょうか?条件がおありなのですか?」と尋ねてみた。


「その通り。・・・・・こんな時しかチャンスは無いと思うからな」と、サロンは得意げに、余裕のある笑みを浮かべて見せた。

「ーまさか・・・・・!」


ジョウには、自分に見せたサロンの笑みが何を意味しているのか、言葉が無くともすぐに解った。

「そう・・・・・その“まさか”だ!感が良くて実に嬉しい。

こんな時しかチャンスは無いのでね、卑怯だとは思うが許してほしい」

「しかし、あれは・・・・・!」

「売り物ではない・・・・・と言いたいのだろう?

これまで何度となく、そうやって断られて来たから、それは承知の上さ。

更に、その理由も何度も聞いている。

しかし私は迷信など信じない人間だ。私としては娘との約束の方が大切なのだよ。“あれ”を私からミサへの最後の贈り物にしたい」

「約束・・・・・?」

「ああ、大切な約束さ。」

約束とは、どんな約束なのだろう?ジョウは聞いた事がない。

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