モンパルナスで一服を
翌朝。

男は、イーゼルと、日の境を忘れて完成させた絵を布袋に入れて部屋を出る。

毎週訪れる路上へ向かった。



いつになく今日は人通りも多い。

男は錆(さび)つく街灯の下で腰掛けた。

布袋から絵を取りだすと、それをイーゼルの上に立て掛ける。

値札をイーゼルの足に貼ると商いの始まりだ。



次に、男は頭の上に広がる空を眺めるのだ。この男の習慣である。

泳ぐ雲のさらに向こう側で陽は照る。

さらに、今日に限って、多くの靴と地面のぶつかり合う音が男をくすぐった。

首の痛みに耐えて粘り強く三十分間空を見上げるものの、どうも足音の止まる音がしない。

男は無言の戦いに腰を据えてかかる。

息ながく続ける。これでも、どうも悲痛は膨らむ一方だ。

売れないからでなく、売れない理由を知っているからだろう。

時代に逆らう力を絵に求めるあまり、他の画家と肩を並べることもなく存在が浮いてしまっていた男。

一度は折り合いを付けようとも考えた。

しかし、悲痛を認めてしまえば自分の絵を崩しかねない。

行き場のない男は、たまらなく自分を憎みたくなった。
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