たからもの
「大丈夫だって」

「だって今、春季大会始まってるじゃん」

「地区予選は、監督が、大事を取れって言って出してくれないと思うけど、関東大会には間に合うと思うし、間に合わないとしても夏出られればそれでいいよ」

自分に言い聞かせるような言い方だった。
愛海にはたくさん投手の控えが揃っている。高校球児にとって1番大事なのは夏の大会とはよく聞くけれど、自分でない人がマウンドに立つなんて、投手にとったら悔しい事この上ないのだろう。

「お父さんとお母さんには連絡した?」

テレビや雑誌や世間でもてはやされてる息子を特に自慢する様子もなく、ほったらかして仕事に明け暮れる両親の事を話に出す。
放任主義だから、縛り付けられる事が嫌いな陽にとっては、いい両親のようだ。もちろん、翼にとっても。

「するわけないじゃん。電話、出ると思う?」

「思わない」

「何、2人のパパとママ、共働きなの?」

姉弟の会話を黙って聞いていた今日香が、今度は尋ねる。

「そうなの。お父さんは警察官で、お母さんはキャビンアテンダント」

「何、それ!超かっこいい」

今日香は目を輝かせ「うちなんて普通のサラリーマンと専業主婦なのに」と言った。

「でも警察官とキャビンアテンダントなんて、どうやって知り合ったのかな?」

「中学か高校で知り合ったみたいだから」

「なるほど」
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