クリスマス・ハネムーン【ML】
 太陽が沈んで。

 ハニーたちが沖に出る為に使った桟橋の縁に灯りがぽつぽつとつき始めるのが見えた。

 陸伝いに歩けばこのコテージから3、4Kmはある桟橋までの距離も。

 その先にある、ハニーの捕まっているらしい倉庫群も、海からまわって直線にしたらその半分ちょっと、2Kmって所だ。

 桟橋と同じように、電気が灯りはじめたその倉庫群が、なんとなく、騒がしく見えるのは。

 グレート・バリアリーフのナイト・クルーズの為の準備だけじゃなく。

 警察やら犯罪交渉人やらが、行き来しているからだろう。

 手を伸ばせば、届きそうなその距離に、僕は深々とため息をついた。

「要は……最悪。
 ハニーに薬さえ渡せれば、良いんだよな」

 夜になるにつれて、暗くなってゆく海も。

 昼間の夏の熱を失わず、暖かい。

 目指す場所には灯りが輝いていることだし。

 ちゃんと、ウエットスーツを着れば2Kmぐらい泳ぎ切れそうだった。

 しかも。

 船で、エンジン音高く近寄るわけじゃない。

 運がよければ。

 ハニーと一緒に帰っては来られなくても。

 誘拐犯に見つからずに薬を渡すくらいは出来る……かな?

 心配で……心配で。

 張り裂けそうな心を抱えて黙って待っているより、動いた方が、何倍も良い。

 そっと、コテージの方を振り返れば。

 ジョナサン以下、警察官たちは。

 佐藤を中心に何だか、作戦会議や、電話に忙しく。

 今までずっと海を見ているだけの僕の方を気にしているヤツは、居ない。

 僕は、スキューバー・ダイビングに使う器具を、水切りしたり仮干ししている道具置き場にそっと移動した。

 そして、そこからウエットスーツの他に、海中用のグローブとナイフを仕込んだブーツ、フィン(足ひれ)や水中メガネ、シュノーケルを選び出す。

 最後に、外側にスキューバ用の懐中電灯を下げた完全防水性のウエストバッグを用意した。

 中には、さらにジブロックで密閉したハニーの大事な薬を入れて、腰に巻き。

 ほとんど音を立てずに、装備をつけると。

 僕は、暗い波の間に滑り込もうとした。


 ……のだけど。
 

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