クリスマス・ハネムーン【ML】
 
「螢!
 螢……さん!?」



 僕は、呼ばれてようやく頭を上げた。

 ハニーのプロポーズを受けた時と同じ、薄い暗闇の中。

 疲れきった荒い吐息をついて。

 僕は、抱き抱えられていた。

 ただ、あの時と違うのは。

 僕の居る場所が、三つも星のついた、高級ホテルのスィート・ルームではなく。

 暗い、オーストラリアの海で。

 快楽に溺れた、心地よい疲れでなく。

 文字通り海で溺れかけ。

 命をかけて、必死に泳ぎきった疲労で息も絶え絶えになっていて。

 極めつけは、僕を抱えているのが、佐藤だってことだ。

 もちろん、裸なんかじゃなく。

 ウェットスーツ越しだったけれど。

 ハニーじゃない男に抱えられた、その嫌悪感に。

 反射的に身を捻れば、佐藤は、慌てて声を出した。

「螢さん!
 今……今!
 岸に引き上げますから、暴れないでください!」

「う……」

 必死な佐藤の言葉に、僕は、口の中で呻いた。

 つい、さっきまで、佐藤を引っ張っていたのは、僕だったはずなのに。

 いつから、逆に引っ張って貰い出したんだろう?

 僕が、少しでも抱きしめ返したら、二人とも溺死しそうなほど、不器用に泳いでた佐藤が。

 本当に、たった今。

 目的の工場の一角にある桟橋の中でも一番暗い場所に、流れつき。

 僕を陸に引っ張り上げようとしているところだった。

「螢さん!
 暴れちゃ駄目です!」

 必死に叫ぶ佐藤の声が、酸素不足の頭に、痛みになって響く。

 どうやら、僕は。

 岸に上がる寸前に、力つきてしまったみたいだった。
 
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