クリスマス・ハネムーン【ML】
 佐藤は、衣服の入ったスーツケースを投げるよりは、いくらかマシな丁寧さで、僕を引き上げた。

 そして、僕の肩をつかんで振る。

「大丈夫ですか!?
 息が出来ますか?」

 博士に会う前に、僕に何かがあったら意味がない、という佐藤の声が震えていた。

 その剣幕から察するに。

 僕は自分で思うよりも相当、へばっていたに違いない。

 でも、ここに来た理由が、ただの遠泳でない以上、休んでいるわけには、いかなかった。

 ハニーに会うまでの一分一秒が、ただ惜しい。

「僕は、大丈夫。
 それよりも、早くハニーを見つけなくっちゃ……!」

 僕は、ふらつく足元に力を込めて、ようやく立ちあがる。

 苦しかった。

 辛かった。

 だけども、命がかかっているハニーを思えば、どうってことないんだ。

 僕は、歯を食いしばると。

 ウェットスーツはそのままに、フィンや、水中眼鏡を取り払う。

 他は、できるだけ身軽になりながら、ジョナサンから聞いた倉庫の名前を、佐藤と確認した。

 夜の闇がめっきり深くなっていた。

 辺りは、観光船を係留する桟橋と、メンテナンスをする工場群の明かりで、歩くのに苦労はしない。

 けれども。

 特に、電飾のついていない、客を呼ぶ看板でなく。

 淡々と、所在地と所有者を告げるための表札の確認には、かなり手間取った。

 一つ一つ見るためには、懐中電灯の光が不可欠で。

 しかし、闇に目立つそれは、僕達が、敷地内に侵入していることを、相手に知らしてしまうようなものだ。

 それが、わかっていたから。

 僕達は、なるべく光が漏れないように、こっそり、静かに動こうとしたのに。






 現実は、そう甘くなんてなかった。

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