雪割草
 頭を下げたまま、上目使いで部屋の一隅にある仏壇に、両親の遺影が並べてあるのを見つけると、心の底から凍りついていくような感覚に陥った。

 人は一体、何種類の涙を持っているのだろうか……。

シローの手の甲には、たちまち雫が滴り落ちていった。

背中を震わせて涙を流すシローを見ている内に、雅代も少し心を落ち着かせつつあるようであった。

次第に雅代の口調も穏やかになり……。

「志郎さん……。

そんな小汚い格好して……。

あんた今まで、何処で何をしてたんだい?」

「はっ……はい……。」

 シローは顔を半分程上げ、膝の上に両手のこぶしを作ると、涙混じりに今までの経緯を語った。

「あの時……。

二十四年前の、あの日……。

俺は借金取りから逃れるようにして、夜行列車に飛び乗り東京へ向かいました。

しかし、金の無かった俺は途中の埼玉で列車を降り、夜の街を徘徊しました。

キョロキョロと周りを見ながら途方に暮れていると、ポン引きによく声を掛けられたんです……。

身分を証明する物も持ち合わせていなかった俺は、すぐにポン引きの仕事をするようになりました。

その生活を三年位は続けたでしょうか……。

やがて、俺はもう少し真っ当な仕事をしよう。

そして、お金を返していこうと……。

そう思いました。

ほんとうに……。

本当に、あの時はそう思ったんです」

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