雪割草
 シローは忘れる筈がなかった。

兄もまた、覚えていたのかと思うと、あの頃の思い出がよみがえった……。

 小さい頃、この家では牝の猟犬を飼っていた。

毎年ある時期になると何匹かの子犬を産むのだったが、そんなに沢山の犬など飼っていける訳もなく、まだ目が開かないうちに川へ捨てに行かなければならなかった。

後になり、こっそり兄と二人で子犬達を拾いに行っては、あの柿木の下にお墓を作った。

小さな子供に出来る事といえば、それぐらいしかなかったのだった。

「そうだったんですか……。」

 徐々に肩の力が抜けていく……。

「じゃあ、わたしはもう寝るから、志郎さんも寝る時は電気を消しておくれ」

雅代が部屋を出て行った後も、シローは暫く考え事をしていた。

もしも、あの時……。

川崎の工場で事故に遭った時、意地を張らずに実家に帰って来たならば、自分の人生はどうなっていただろうか。

いや、もしそうしたならば美枝子と出逢う事もなかっただろう……。

色々な思いが頭の中を巡っていた。

 程なくして、シローは雅代に言われた通り、蛍光灯の灯りを消そうと立ち上がり手を伸ばした。

ふと、コタツの上の新聞紙に目を留めると、片隅に小さな記事を見つけた。



『栃木県の女子高生飛び降り自殺』

< 192 / 208 >

この作品をシェア

pagetop