雪割草
 どれくらい時を費やしただろうか、いつしか夜空も薄明かりを滲ませた頃、そこには小さな池ほどの深い穴が広がっていた。

シローは両膝を地べたに着き、肩で息をしながら額に流れる汗を拭った。

美枝子の魂は今どの辺をさまよっているのだろうか……。

もう少し……。

もう少しだけ、この亡骸の中に留まっていてほしい……。

 そう願いながら、シローは美枝子の体を抱き寄せた。

冷たい肌が触れ合うと同時に、二人で暮らした三年という月日の記憶を反芻していた。

 人は誰しも人生の中ではきっと、自分の心が中心で進んで行くのに違いない……。

しかし、ホームレスになった頃のシローは、自分というものを捨て去ってしまっていた。

そう……。

美枝子と出逢うまでは……。

もう二度と抜け殻のような生活に戻る事は出来ない……。

 遂にシローは美枝子を抱きかかえると、目の前に広がる穴の中央へ労るように横たわらせた。

両手で掘り出した土をすくい上げ、少しづつ美枝子の足下の方へと落とし始めた。

ザラついた土の感触がシローの手から、脳の隅々まで行き渡ると涙が溢れ出していた。




ドサリ……。





ドサリ……。

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