月夜の物語
ある日の夜、姫を腕の中に抱いて新は今日の町の様子を話していた。
町にはどんな物が売っているのか、町にはどんな人がいるのか、町へ出られない姫に事細かに伝えるのは、新の日課となっていたのだ。
姫は新の声に耳を澄ませて、目を閉じてそっと相槌を打っていたが
しばらくして、その小さな口をゆっくりと開いた。
「ねぇ新」
「なに?」
「私を、海月と呼んで」
「…みつき?」
姫は新の目を見据えて、その頬に手のひらを重ねた。
「私の名前です」
信頼している者にしか、名前を教えない。
新は、姫の言葉を思い出す。
それと同時に、城の姫の部屋中に施されていた装飾を思い出した。
波にさらわれそうな満月。
あの絵は姫を表していたのだ。
「海月…」
「はい」
「愛してる。ずっと一緒に居よう…」
「ええ。私は、そのつもりです」
新はぎゅうっと強く海月を抱き返した。
嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
あの日、海月を奪い逃げて本当に良かった、と。