五里霧中
彼は、言葉を知らないアタシに毎日本を持ってきてくれた。
最初のうちは子供向けの絵本。
それを読み聞かせて、『人間の言葉』を教えてくれたんだ。
彼の声はすごく優しくて、穏やか。
それなのにどこか鋭利で、尖っているようにも感じた。
ふわふわした雲のような人なんだ、あの人は。
こんなに近くにいるのに、絶対に触れることはできない。
掴もうとしてもすり抜けられる。
本当はアタシなんかよりもずっと苦しいんじゃないかな。
なんだか彼の背中には、とてつもなく大きなナニカが伸しかかっているような気がしていた。