クロトラ!-妖刀奇譚-
× × × ×



ワサビは宣言した通り、かなり複雑な回り道をした。

狭い長屋の通路を抜け、寺の境内を横切り、深い草むらをかきわけながら川原を歩き、挙げ句商家の屋根を伝って――ようやくワサビが足を止めたときには、ゆうに1刻は経っていた。

しかも全行程早歩き。


――実は現場から彼の長屋まで半里(約2km)もなかったのだが、長大な迂回のお陰で少女は地理がまるで頭に入らなかった。




「…ここまでする必要あった?」


少女が上がった息を整えながら言う。

大の大人の早足についていくのはかなりこたえた。




ワサビは何も言わずに肩をすくめると、自分の部屋の戸を開けて少女を手招いた。




障子戸には長屋らしく、店子※の名前と職業が書かれている。



「べんとふ屋わさび…?弁当屋?」



少女は障子を見て首をひねった。


「お兄さん、弁当屋さんなの?」




先刻見た身のこなしや"警察に顔を見られたくない"という発言からは、想像がつかない職業だった。



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