Fahrenheit -華氏-
オフィスから少し離れた場所に駐車場はある。
決められた場所にきっちり車を駐車すると、俺はオフィスへと歩き出した。
すぐそこの曲がり角を曲がったら、白い立派な建物が見える。
曲がり角を曲がるところで、本日二度目の携帯が鳴った。
着信:木下 綾子
「またかよ。―――はい!」
少し怒り気味で出ると同時に、
「キャッ」
という短い悲鳴が聞こえ、俺は誰とも知らない人間と正面衝突してしまった。
俺の方が幾分かでかかったからかな?携帯を落としてしまったが、転ぶ程ではなかった。
地面に尻餅をついている相手は―――
さっきのいい女だった。
「だ、大丈夫ですか?」
俺は慌てて女の元に屈みこんだ。
「ええ、ごめんなさい。ぼんやりしていたもので」
話しかたにそつがない。
声も可愛い。
投げ出された白い小振りのバッグからも、化粧ポーチや手帳などが覗いている。
その傍らに英字新聞と、経済誌が数冊ばら撒かれていた。
何だか不釣合いな印象を持ったが、俺はそれを拾い上げた。