Fahrenheit -華氏-
さっきの……
「あ」
先に声を発したのは女の方だった。
俺を見て目をぱちぱちさせてる。
今はコートを脱いでいて、春らしい淡いブルーのストライプのシャツに真っ白なスカートを履いている。
「さ、先程はどうも」
変な風に声が裏返ったのは、思いがけず再会できたことの喜びからだろうか。
それとも驚いて、単に緊張しているせいだろうか。
どちらにしろすごいタイミングだ。
「お知り合いですか?」
メガネをかけたいかにも温厚そうな人事部長が俺とその女を交互に見ている。
「……知り合いって程でも」
俺は何とか答えた。
「何があったんですか」
佐々木が隣で俺をせっつく。
「まさか部長!あの人に手を出したんじゃ……」
小声で言ってはっとなったのか、佐々木は慌てて口を押さえた。
「バカ。まだ出してねぇよ。さっき偶然にもぶつかったの。お前彼女を知ってるのか?」
「知ってるもなにも……」
とコソコソ喋りこんでいる俺たちの目の前で人事部長がコホンと空咳をした。
「え~、こちらが本日から外資物流事業部に配属になった、
柏木 瑠華(カシワギ ルカ)さんです」