Fahrenheit -華氏-
最後の一桁を押そうとしているときに、
「おはようございま~す。神流部長♪」
という黄色い声で、俺は押し損ねた。
同じフロアの広報部の女子社員たちだ。揃いの制服を着て、五人程束になってる。
「おはよう」
俺はにこやかに挨拶をした。
「キャ~挨拶しちゃった♪」
「今日も素敵だったね」
「いいことありそう」
なんて賑やかに喋りながら女子社員たちは自分たちのデスクへと向かっていく。
「相変わらずモテますね」
と佐々木が恨みがましい目で俺を見てきた。
「ったく、こんな遊び人のどこがいいんだか」
「聞き捨てならねぇこと言うなよ」
俺は佐々木の頭を軽くはたいて怒るふりをした。
佐々木に言われたことは事実だから怒ってはないけど。
さて
邪魔者は消えた。
今度こそ。
そう思い再び携帯を開く。
するとまたもやフロアの扉が開き、人事部長が顔を出した。
「失礼します」
傍らに女を従えている。
周りがざわついた。
特に男の声が耳についたのは気のせいか。
だけど正直今の俺には関係ねぇ。
「ぶ……部長」
佐々木が俺の袖を軽く引っ張った。
「何だよ!俺は今忙しいの」
そう言って顔を上げて俺は目を見開いた。